ということで、続きを書いてみる。

なんか、「令和の虎に出たほうがええ」という直感が降りてきた。

もう少し言うと、「出たほうがええ」じゃなくて、「出んといけん」という感覚じゃった。

しかもその直感は、でんかったら「競輪選手はもうクビね」という感覚とセットで降りてきた。

たまにこういうことがある。

なんの根拠もないんじゃけど、妙な確信がある。

自分の中では“確信的直感”と呼んどる。

もちろん、あのスプレーを持って出ようという話じゃ。

まずは事業計画書を書く。

補助金申請とかで事業計画書は何回も書いたことがあるけぇ、そこまで難しいとは思わんかった。

資料も作らんといけんかったんじゃけど、今思えば、令和の虎ってデジタルタトゥーが残る場なんよね。

一生ネットに残る。

その圧倒的なデメリットを考えたら、出演者の人らはもっと評価されてもええんじゃないかと思う。

そんな中で、100万円とかの希望額で出る人もおる。

正直、自分ならそれじゃ面白くない。

せっかく出るなら令和の虎というコンテンツ自体を盛り上げたい。

そう思って、希望額は500万円にした。

今考えたら、近い緊張感で言えば結婚式のスピーチかもしれん。

でも自分は昔から、原稿を見ずにその場で話しても「よかったよ」と言われることが多かった。

じゃけぇ、

「まぁ、なんとかなるじゃろ」

くらいに甘く考えとった。

ちなみに、自分はあんまり表に出るのが好きなタイプじゃない。

有名になりたいとも思わん。

できれば、ひっそり生きたい。

そんな人間が、なぜか令和の虎に出ることになった。

そして収録当日。

まさかの一番手。

司会はバン仲村さん。

事前に少しコミュニケーションはあるんじゃけど、基本的には本当にガチンコじゃ。

動画に残っとる通り、まぁ散々な目に遭っとる。

ドアをノックして、虎のメンバーを見た瞬間。

頭が真っ白になった。

緊張で何も考えられんかった。

ところが、その直後に不思議な感覚になった。

なんというか――

ゾーンに入った。

エビデンスを出せ。

科学的に説明しろ。

当然そう言われる。

でも、科学的説明というのは、解明されたものを説明するための言葉じゃと思うんよ。

解明されてないものは、そもそも説明のしようがない。

もちろん、それじゃ済まんことも分かっとる。

現象として証明せんといけん。

数字もデータも必要じゃ。

でも当時の自分には、それを十分に示すことができんかった。

正直、

「あぁ、これはダメじゃな」

と思っとった。

ところが同時に、妙に感覚だけは鋭くなっとった。

本当に変な話なんじゃけど、

田中ゆうじ社長とやり取りしとる時、

「今ならこの人のパンチ、全部スローモーションで見えて避けられるな」

とか考えとった(笑)

それくらい感覚が研ぎ澄まされとった。

その時感じとったのは、

社長さんたちは社長さんたちで、YouTubeを盛り上げることに全力なんじゃな、ということ。

もちろん仕事じゃけぇ当たり前なんじゃけど、

なんとなく、自分のプレゼンそのものを聞かれとるというより、

番組として成立させることに意識が向いとるように感じた。

そして自分もまた、何か別の力に突き動かされるような感覚の中におった。

夢と現実の間みたいな。

まどろんどるような。

そんな感覚。

そして、

「これはダメじゃな」

と思っとった。

こんなグダグダなプレゼンじゃったんじゃけど、

結果はまさかの条件オール。

首の皮一枚つながった。

ただ終わった後の感覚は、今まで味わったことのないものじゃった。

焦燥感。

全身を覆うような焦り。

何か、自分が想像しとった世界はもっと楽しい場所なんじゃないかと思っとった。

でも現実は違った。

さらに追い打ちをかけるようにコメント欄。

競輪選手じゃけぇヤジには慣れとる。

免疫もある方じゃと思う。

でも、文字になった言葉のエネルギーというか、

あの数。

あの量。

あれはなかなかの圧じゃった。

まぁ、それも含めて経験じゃ。

全部が経験。

PKを外すことができるのは、

PKを蹴る勇気を持った者だけ。

今になって、ロベルト・バッジョの言葉を思い出す。

外したことは悔しい。

恥もかいた。

ボロクソにも言われた。

でも、蹴らんかった人間には味わえん景色もあった。

そう考えたら、

あれはあれで、ええ経験じゃったんかもしれん。

そういえば、その頃に起きた出来事で今でも妙に印象に残っとることがある。

令和の虎の出演が決まった日、ロードトレーニングで山を自転車で登っとった。山頂まで登って、そのあと時速60キロくらいで下っとる最中じゃった。

すると突然、めちゃくちゃ大きいスズメバチがヘルメットにバチンと当たって、そのまま中に入ってきたんじゃ。

「刺される!」と思って慌ててヘルメットを脱いで払ったんじゃけど、そのスズメバチはもう死んどった。

ぞっとしながらも、これは何かのメッセージなんじゃないかと思った。

すぐに意味を調べてみたら、スズメバチは「人生における重大な変化や転機が近づいているかもしれません」という象徴らしい。

そのまんまじゃ。

しかも死んだスズメバチには、「一つのサイクルの完了」と「新しいステージの始まり」を告げる、とても重要でポジティブな意味があるらしい。

これまた、そのまんまじゃ。

面白いことに、これがアシナガバチじゃったら危険を知らせるサインになるらしい。たしか『イナリコード』という本に書いてあったと思う。

その本には、神様からのメッセージはシンクロニシティが三度続いて起こるとも書かれとった。

実は、わしは昔六爻占術を勉強したことがあって、こういう現象を「外応」と呼ぶことを知っとる。

周囲で起きる出来事をメッセージとして受け取り、そこから流れを読む技術じゃ。

(Part2へ続く)