――創業3年目の危機が教えてくれた“選ぶ勇気”

① 創業3年目、会社の存続を考えた日々

創業から3年目。
 順調に見えていた事業は、ある日を境に急減速した。受注が一時的に重なった反動で仕事量が落ち込み、売上は前年の7割まで減少。数字だけ見れば“調整局面”とも言えたが、固定費は変わらない。資金繰りは常に綱渡りで、通帳残高と向き合う時間が増えていった。

当時の社員は6名。少人数だからこそ結束力は強いが、一人欠ければ現場が回らないという脆さも抱えていた。売上減少の影響は、やがて社内の空気にも表れる。不安や焦りが静かに広がり、現場の緊張感は日を追うごとに増していった。

経営者として「大丈夫だ」と言いながらも、心の奥では自問していた。
 ――会社を続ける意味は何か。
 夜、誰もいない事務所で一人考え込むこともあった。売上の落ち込み以上に苦しかったのは、先が見えないこと、そして自分の判断が仲間の人生に直結しているという重圧だった。

振り返れば、一番の壁は数字ではない。不安な状況でも判断を止めず、仲間を信じ続ける覚悟を持てるかどうか。それが経営者として試されていたのだと思う。

② 派手な打開策ではなく「続けるための判断」

苦境の中で最初に行ったのは、現実を直視することだった。
 資金繰りと受注状況を徹底的に整理し、数字を細部まで洗い出す。感情を排し、事実と向き合う作業から始めた。

同時に、無理な拡大路線をやめ、身の丈に合った経営へと舵を切る。原価管理を見直し、固定費を精査する。これまで「勢い」で乗り越えてきた部分を一つひとつ整えていった。

もう一つ大切にしたのは、社員との対話だった。状況を隠さず共有し、不安や意見を聞く時間を意識的につくった。経営者が答えを押し付けるのではなく、同じ方向を向くための対話。少しずつ社内の空気が変わり、前向きな雰囲気が戻り始めた。

地元・豊明市での信頼も改めて見つめ直した。小さな仕事でも丁寧に積み重ねる。その姿勢が紹介や次の受注につながり、徐々に流れは戻っていった。

振り返ると、特別な一手があったわけではない。ただ「続けるための判断」を重ねただけだ。しかし、その積み重ねこそが会社を守る力になった。

③ 「仕事を断らない」が生んだ最初の失敗

創業初期、経営者として大きな勘違いをしていた。
 「仕事を断らないことが正解」だと信じていたのだ。

依頼を断ることは機会損失であり、逃げだと思っていた。採算を十分に考えず受注を広げ、売上は一時的に伸びた。しかし、原価管理が甘く、利益はほとんど残らなかった。

現場は無理な工程で疲弊し、職人同士の不満も増えていく。忙しいのにお金が残らないという矛盾に直面したとき、自分の判断の甘さを痛感した。

売上は会社の成長を示す指標の一つに過ぎない。利益が残らなければ継続できない。その当たり前の原理を、身をもって学ぶことになった。

④ 量より質へ――経営の軸を変える

この失敗から得た最大の学びは、「仕事は量ではなく質で選ぶ」という姿勢だった。

目の前の受注に流されるのではなく、原価・工程・社員の負担まで含めて本当に引き受けるべきかを考える。数字を早い段階で把握し、違和感があれば軌道修正する。小さなズレを放置しない体制を整えた。

そして何より、「断る勇気」も経営の重要な仕事だと理解した。
 すべてを抱え込むことが責任ではない。会社が続く選択をすることこそが、経営者の責任なのだ。

この軸が定まったことで、経営判断に迷いが減った。数字を見る目も変わり、感情ではなく構造で考える習慣が身についた。

⑤ ターニングポイントは“選ぶ経営”への転換

売上を追いかける経営から、「選ぶ経営」へ。
 これが最大のターニングポイントだった。

苦しい時期に方針を明確に切り替え、利益が出て会社と人が成長できる仕事に集中する決断をした。得意分野を整理し、地元・豊明市でのリフォームや小規模建築に軸足を置いた。

地域密着の姿勢は、やがて評価と紹介につながる。無理な拡大をせず、信頼を積み上げることで、安定的な受注が生まれた。

この転換以降、会社の成長は緩やかだが確実なものになった。数字以上に「続く形」が見え始めた瞬間だった。

⑥ 「会社は続けてこそ価値がある」という信念

創業3年目の苦境と、最初の失敗。
 この二つの経験が、今の経営の軸をつくっている。

会社は一時的に伸びることよりも、続けることに価値がある。
 人が疲弊せず、利益が残り、地域に必要とされ続ける存在であること。それが理想だ。

派手な成長ではなく、持続する成長。
 売上の大きさよりも、信頼の積み重ね。

苦しかった時期があったからこそ、「無理をしない強さ」と「選ぶ勇気」を持てるようになった。経営とは、勢いではなく、覚悟と判断の積み重ねなのだと実感している。